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狭山園のルーツがここに?! 知ってる?狭山茶のこと③ 「慈光茶」

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日本で最初に飲まれていたのは煎茶ではなく抹茶?!

「栄西」が広めた「抹茶」

中国に2度渡り、鎌倉時代の初めに宋から禅宗を日本へ伝えた栄西は、日本で最初の茶の専門書「喫茶要生記」を著しました。この本には、宋で飲まれていた抹茶の飲み方、作り方が書かれていて、日本中に広まりました。

「栄西」の弟子、「栄朝」が住職だった「慈光寺」

中世の文献の中に全国に名が知られた埼玉県の銘茶の一つとして「慈光茶」が出てきます。このお茶はときがわ町にある天台宗の古刹・慈光寺で作られたお茶です。このお寺は鎌倉時代に幕府の将軍家から庇護を受け、また京都のエリート貴族ともつながりのある大寺院でした。

 鎌倉時代、栄西の弟子・栄朝がこのお寺の住職だったため、ここで宋で飲まれていた抹茶をつくっていたと考えられています。このお寺の山内には、現在も野生化した!?茶樹が繁茂し続けているそうです。

↓写真は「狭山茶発祥の地」の石碑がある無量寿寺に自然仕立てで育っているチャの木。

 

 

 

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